少し話しただけで、と言われて驚いたこと
2020年に、それまでボランティアとして続けていた活動を事業のかたちにしました。そのおかげで、全国のさまざまな専門職の方々と個別に話す機会が生まれました。その中で、ある仮説が確信に変わりました。お人柄こそが、専門職にとって最大の強みである、ということです。
きっかけの一つが、こんな感想でした。「今回少し話しただけでもモヤが取れるイメージがしたので驚きました」。こちらとしては、特別なことを何もしていません。話を聞いて、整理して、返しただけです。それがこれほど受け取られるのかと、驚いたのは私のほうでした。
聞き上手は、日々の仕事の中で育っています
対人援助や医療に携わる方々は、日々、他人の話を聞く専門家です。そのため、自然と聞き上手になっている方が多くいます。ところが本人は、それを技術として数えていません。仕事のあいだ中やっていることなので、当たり前になっているからです。
持っているコミュニケーションの力、共感する力、そしてお人柄そのものが、合わさって安心を届けている。そのことに気づいていない方が、かなり多いように感じています。特別な技術や目新しいノウハウがなくても、自分らしい活動は形にできます。
もう一つ、こんな感想もありました。「実直なお人柄が伝わって安心しました。」。こちらからすると、実直でなければ対人援助の仕事は続けられません。当然のことをしているだけです。それでも、伝わったと言われる。どんなに優れた知識や技術があっても、信頼の土台がなければ届かない、ということの裏返しでもあります。
上下ではなく、対等で向き合う
手術をしていた頃、国内でも有数の病院に勤めていました。手術が上手で優秀であることが最低ラインの環境です。その中で先輩がよく言っていた言葉があります。「同じくらい手術が上手な医者が2人いたとして、態度が悪い先生と、態度の良い先生がいたら、患者さんは後者を選ぶに決まってるよね」。
当時はそれを当然のことだと思っていました。あとになって、そうした環境が当たり前ではないと知ることになります。お人柄で信頼を得られるというのは、医療従事者や専門職ならではの、立派な仕事の資源です。
ある分野で知識や技術が優れていると、それだけで人間として上位にいるかのように錯覚してしまうことがあります。けれども人間には、仕事、家庭、友情、趣味の仲間と、さまざまな側面があります。たった一つの得意分野を根拠に、すべてが優れているかのように振る舞うのは、どこか滑稽です。上下関係を意識させないフラットな関係の作り方は、それ自体が仕事の力になります。
知っているだけと、身についているの間
もう一つ、印象に残っている感想があります。終了後に話した内容を振り返る資料をお渡ししたら、聞き逃したことがあったのではと不安だったので安心した、と言われたのです。記録を渡すだけで、これほど喜ばれる。派手な技術や特別な贈りものではなく、優しさや配慮のほうが受け取られます。
道ばたで苦しそうにしている人に声をかける。ショッピングセンターで泣いている迷子にそっと近づく。その当たり前の感覚が、そのまま強みになります。
院外の活動を始めた当初は、驚きの連続でした。自分が普通だと思っていたことが、実は普通ではなかったからです。焦る必要はありません。ただ、経験が伴わないままだと、それは知っているだけで、分かっているとは言えない状態にとどまります。頭と体を通して得た感覚のことを、身につく、と呼びます。