言いたいことを、飲み込んでしまう
言いたいことがあるのに、言えば角が立つ気がして、飲み込む。以前、思い切って伝えたら相手が嫌な顔をして、それきり言うのをやめた。言っても無駄だし、と口を閉じることが習慣になっている方は少なくありません。
ただ、伝わらなかった原因が、内容ではなく伝え方の形にあった、という場合があります。プロのコーチが最初に身につける技術のひとつに、「境界線を越えない伝え方」があります。この技術を早い段階で身につけることが、のちの関わりの質を大きく左右すると考えています。
「した方がいい」は、半分ほどの確率で境界線を越える
「〜した方がいい」という表現は、境界線を越えていると受け取られる可能性がおよそ半分ほどある、と見ています。「した方がいい」は、ネガティブな指摘の一種でもあるからです。
「なぜプロでもないあなたに言われなきゃいけないの」という反発の気持ちを招くリスクがあります。不快かどうかを判断するのは、こちらではなく相手です。だからこそ、そのリスクは可能なかぎり避けたいところです。
「私は」で話すと、本質が届く
鍵は、自分の思考・感情・体験に徹することです。「私は〜です」「私は◇をやってきました」「○○が好きです」「△△を参考にしています」。この形です。
あくまで自分の主観、自分の経験として語ることで、相手の防御反応を招かずに、本質を届けられます。同じ中身でも、「した方がいい」と相手に向けるのではなく、「私はこうしてきました」と自分の側に置いて差し出す。それだけで、受け取られ方が変わります。
「なぜかあの人には自己開示してしまう」「なぜかあの人と話すと安心する」「あの人が話すことには嘘がないと感じる」。そう思われる方の会話には、共通点があります。その共通点を自分の言葉に取り入れていくと、会話だけでなく、ブログや文章でも、読み手が自然に自己開示したくなるものが生まれます。
越えてくる人に、出会ったとき
逆に、境界線を土足で踏み越えてくる人に出会うこともあります。その方は、こうした表現方法を単に知らないだけです。反発するのではなく、優しく手本を示す。この姿勢を持ち続けることを大切にしています。つまりこの技術は、自分が越えないためだけのものではなく、越えられたときの受け止め方までを含んでいます。
自分の良さが出しやすい媒体は、人によって文章だったり、動画だったり、音声だったりします。合う形を選べば、この技術は会話の外でも働きます。
最初の場面に戻ります。言いたいことがあって、言えば角が立つ気がして、飲み込んだ。あの場面です。
「した方がいい」を「私はこうしてきました」に置き換えるだけなら、今日できます。相手は身構えません。言ったあとの空気が重くならないので、次も言えます。
その先にあるのは、言いたいことを我慢しなくていい関係ではありません。言ったあとで、相手のほうから話が続く関係です。「私はこう思っていて」と差し出すと、「私はね」と返ってきます。飲み込んでいた頃には出てこなかった話が、そこから始まります。
些細な言い換えに見えるかもしれません。ただ、「した方がいい」は相手の側へ向けた言葉で、「私は」は自分の側から出た言葉です。出どころが自分に戻ると、会話は減りません。増えます。借りものではない自分の言葉で人とつながっていく——その入口が、ここにあります。