忘れられない一日になったサロン
いまも感動が残っている、ある一日の記録を書いておきます。スラトレ®を受講している方のみが集まるオンラインサロンは、毎月開催されています。受講生だけが参加するグループコンサルテーションで、普段のノート術に関する疑問や、「みんな、どうしてる?」といったシェアの場として機能してきました。主催回は現在は私が持たず、認定トレーナーが随時行っています。
アットホームな雰囲気があり、まるでスタンフォード大学の研究室で交わした愛情や友情の交換を思い出させてくれる場です。毎回、気づきと成長があると好評で、私自身、予定を合わせるのが大変だと感じつつも、「まだ続けたい」と思えるほど意義のある時間でした。そのサロンのある日の回が、まるで夢のような、忘れられない一日となりました。
「日本では無理だよ」と言われた理想
2016年、私はこうした自由なディスカッションの場を日本に作りたいと考えていました。けれど当時は、「そんなの日本では無理だよ!」という反対意見しか聞きませんでした。その理想が、目の前で実現している。その感動を何度も味わってきましたが、この日は、その感動すら超える出来事がありました。
集大成が形になった瞬間
初級・中級・上級コースを修了した二人のスラ生が、これまでの学びをまとめたプレゼンテーションを披露してくれました。それは単なる発表ではなく、人生の集大成のような、魂のこもったものでした。まるで高尚な芸術作品。映画よりも感動する、リアルな人間の成長物語。私は言葉の限界を痛感しました。あの場にいた人だけが感じ取れる、音楽のようなものでした。
スラトレ®の可能性がここまで来たのかと確信すると同時に、このメソッドは今後さらに大きな展開を見せる、という予感がしました。もちろん、これはこの日のお二人の発表に対する感動であり、受講生の誰もが同じ道をたどるという話ではありません。
創始者としての責任
すべては、受講生の皆さんの努力の積み重ねです。しかし、スラトレ®の継続がここまでの変化を生むという事実に、創始者として改めて気を引き締めました。力を持つということは、使い方を間違ってはいけないということでもあります。スラトレ®が、単なるメソッドではなく「生き方」として浸透していく未来が見えた。そんな一日の、これは記録です。
自分の変化を、自分の言葉で説明できる。それができると、変化は本人の手元に残ります。人前で話すのは向いていない、と決めていた頃には要らなかった力です。教わったことを持ち帰る側から、自分の言葉で渡す側へ、立ち位置が動きます。