自分らしさと、役に立つことの間で
「どうすれば自分らしく生きながら、社会の役に立てるのだろう」「やりたいことと、社会貢献のあいだで揺れている」「自分の本当の使命って何だろう」。多くの方が、こうした問いを胸に抱えながら日々を過ごしています。
日本の文化には「個人の欲求は我儘」「社会のためには自己犠牲を」という考え方が、いまも根強く残っているように感じます。
けれど、本来の「我儘」とは、自分の意思を持ち、自分らしい選択をすることを意味する言葉でした。それが時代とともに、否定的なニュアンスで使われるようになってしまったのです。言葉の意味が反転したまま使われていると、選ぶこと自体が後ろめたくなります。
三つの思い込みを、いったん分けて見る
私たちの中には、しばしば次のような思い込みが眠っています。自分のやりたいことを追求するのは利己的だ。社会貢献には自己犠牲が伴う。個人の幸せと社会の利益は相反する。
この三つを外して見ると、両立を考える理由も三つに整理できます。一つめは、持続可能な貢献のためです。自己犠牲の貢献は長続きしにくく、内発的な動機があってはじめて、喜びそのものがエネルギーになっていきます。
二つめは、本質的な価値を生み出すためです。形だけの貢献では、深い変化は生まれにくいものです。本音や個性に従うことで、その方ならではの独自性が立ち上がってきます。
三つめは、自他共栄のためです。個人の幸せと社会の利益は、本来循環するものです。喜びや笑顔は伝播し、共に育ち合える関係性を生み出していきます。
出会う、磨く、分かち合う
段取りは三つです。まず、本音や個性に出会うこと。心が震える瞬間に注目し、小さな喜びを大切にし、直感を信じてみる。最初の一歩は、自分の中の小さなサインに気づくところから始まります。
次に、その本音や個性を磨くこと。学び続け、経験を重ね、他者からのフィードバックを丁寧に受け取っていきます。磨くという言葉には、削るのではなく艶を出していく感覚が宿っています。
最後に、本音や個性を分かち合うこと。まずは身近な方から、できることから。無理のない範囲で、ゆっくり広げていけば十分です。
ある受講生は、42歳・元会社員で、長年営業職として働いてこられました。もっと世の中の役に立ちたいという思いと、生活のために今の仕事をという事情の間で、葛藤を抱え続けていたそうです。現在は独立して小規模事業者の経営相談に携わっておられます。「利益と社会貢献は、決して相反するものではないと分かったことが、大きな転換点でした」と語っています。個人の感じ方であり、変化を保証するものではありません。
循環が起きるのは、両方が立っているとき
単なる社会貢献でも、単なる自己実現でもない。誰かに与えるために自分をすり減らすのでもなく、自分のためだけに何かを得るのでもない。その真ん中にある循環の感覚が、ここでいうスライバーという生き方です。
従来の自己犠牲型の貢献や、利己的な自己実現だけでは、そろそろ立ち行かなくなってきている時代だと感じます。一人ひとりが自分らしく輝きながら、その光で周りも穏やかに照らしていく。そんな生き方が、選択肢として置かれています。
出発点になるのは、自分の本音や個性がどこにあるかを知ることです。
人のために動くと自分がすり減り、自分のために動くと後ろめたい。その行き来が終わるのは、両方が同時に立つ場所を見つけたときです。我慢して差し出していたものが、余ったところから出ていくようになる。削って渡していたものが、湧いた分から渡せるようになります。