同じ一言に、昨日は笑えて、今日は笑えない
同僚がいつもの調子で、ちょっとした軽口を言います。昨日は笑って返せました。今日は、返す前に喉のあたりが詰まって、声のトーンが自分でも分かるくらい低くなる。
そのまま席に戻って、パソコンを開いたまま、しばらく手が動きません。相手は何も変えていないのに、こちらの返し方だけが変わっている。またやってしまった、と思う。
同じ一言に反応が変わるのは、相手が変わったからでも、性格が変わったからでもありません。受け取る側の条件が、昨日と違うだけです。
感情は、天気のように変わります
晴れの日もあれば、雨の日もある。それはごく自然なことです。ところが日本では、いつも晴れていなければいけない、という無言のプレッシャーの中で過ごしている方が少なくありません。
雨の日に傘を差すのは、天気を否定していることになりません。同じように、反応が強く出た日に、その日の条件を確かめるのは、自分を甘やかすことではありません。
イライラには、必ず理由があります。それは、脳が発しているメッセージだと考えることができます。体内の警報システムのようなもので、何かが調子を崩していることを知らせる働きをしています。欠陥や弱さではなく、むしろ自己防衛のしくみに近いものです。
伝えようとしている中身は、三つに分けられます。
一つめは、休息が要るというサイン。心と体が疲れの信号を送っている状態です。二つめは、境界線の再確認。大切にしている価値観や、ここまでという限界が侵されている、というサインです。三つめは、変化への呼びかけ。いまの状況に不満や不安があり、何かを変える時期が来ている、という合図です。
つまりイライラは敵ではなく、守ろうとしている側からの連絡だということになります。
扱い方は、三つの手順になります
一つめ、観察する。判断を加えず、「いま、イライラしている」という事実をそのまま置きます。受け入れようと頑張らなくても大丈夫です。
二つめ、記録する。どんな状況で、何に対して反応したのかを簡単に書き出します。スラトレ®ノートに書き留めるだけで十分です。そのとき、身体のどこが動いたのかも一緒に書きます。喉が詰まった、奥歯を噛んだ、息が浅くなった。気持ちより先に、身体のほうが記録に残ります。
三つめ、解釈を問い直す。その出来事を「対立」ではなく「相互理解」の場として捉え直してみる。そのうえで「何を伝えようとしているんだろう」と問いかけてみます。
Aさん(仮名)は、同僚との関係性を解釈し直したことで、イライラの頻度が減ったと感じ、仕事にも前向きに取り組めるようになったと振り返っています。個人の感じ方であり、同じ変化を保証するものではありません。
線をどこに引いていたのかは、別の問いです
説明会に参加された方からは、「イライラするのはあなたのせいじゃない、と言われてハッとしました」「自分の本心からイヤイヤ笑顔を作っていたことに気づきました」という声もありました。個人の感想であり、変化を保証するものではありません。
ここまでが、イライラはなぜ起きて、どう扱えるのか、という問いへの答えです。
ただ、三つのうち二つめ、大切なものが侵されているというサインだったとき、その線を自分がどこに引いていたのかは、まだ分かりません。引いていた線が妥当だったのかどうかも、別の話です。自分が引いている線を、どう見分けるのか。それは、イライラの正体という話とは別の問いになります。
イライラした自分を責めるかわりに、どこに線を引いていたのかを見にいけます。感情は、消す対象から、自分の大事なものを教える合図へ位置を変える。抑え込むことに向けていた勢いが、線の置き場所を決め直すほうへ回ります。