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「私、疑り深いんでダメなんです」というラベルの話

質問が多いことを謝ってしまう新人受講生の言葉から、疑う力と猜疑心の違いを綴ります。

公開日:2022年3月16日 / 気持ちと考え方

相談者

質問ばかりして、迷惑じゃないかと気になります。

皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。

「こんなに聞いてしまっていいのかな」という不安

スラトレ®のグループディスカッションで、新人受講生さんからよく聞かれる言葉があります。
「私、疑り深いんでダメなんです」。
質問が多くなってくると、「こんなに聞いてしまっていいのかな?」と不安になるのでしょう。

でも、心配は要りません。
むしろ、たくさん質問をすることは、本気で取り組んでいる証拠です。

ラベルは、過去の経験と環境の中で貼られます

疑問を持つことは、決して悪いことではありません。
むしろそれは、物事の本質を見極める力——審美眼そのものかもしれません。

ただ、過去の経験や周囲の環境によって、その力が「疑り深さ」や「猜疑心」にすり替わってしまうことがあります。
「疑う=悪いこと」という思い込みが、いつの間にか自分の中に根を張ってしまうのです。
「ダメなんです」というラベルは、こうした経験と環境の中で貼られていったものです。

ナウシカとテトの場面を思い出します

ジブリ映画『風の谷のナウシカ』に、思い出す場面があります。
不安でいっぱいのキツネリス・テトが、ナウシカの指に噛みついてしまう場面です。
それでもナウシカは動じず、そっと語りかけます。
「痛くないよ。不安だったんだね」。

疑うことも、不安になることも、決して悪いことではありません。
ただ、その感情をどう扱うかが、その後の景色を静かに変えていきます。

ラベルが外れていくとき

本来の審美眼は、人生を豊かにするために欠かせないものです。
スラトレ®では、適切な形で「疑う力」を鍛え直し、本来の審美眼を取り戻していくことを、目的のひとつとしています。

「私、疑り深いからダメなんです」と言っていた方が、トレーニングを終える頃には、「私は物事の本質を見極める力があるんだ」と、自分の言葉で言えるようになっていく。
そんな変化に出会う方もいらっしゃいます(個人の感じ方であり、変化を保証するものではありません)。

疑問を持つことは「悪いこと」ではなく、「成長のチャンス」です。
疑う力を審美眼へと昇華させていくことは、より納得感のある日々へと歩みを進めていくことにつながります。
ネガティブな思考の癖を一つずつ見直しながら、自分らしく生きていく。
それが、スラトレ®の目指す成長の形のひとつです。

疑問を持つことは、成長の第一歩です。
遠慮せず、どんどん質問してよい場所だと考えています。

疑ってしまう自分を、欠点として隠さなくなります。
その目は、仕事の選び方や人の見極めに使えるからです。
黙って飲み込んでいた疑問が、口に出せる質問になる。
直すべき性格として抱えていたものが、そのまま持ち札になります。

※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。
Dr.EKO博士

この記事を書いた人

Dr.EKO博士