言いたいことを飲み込んでばかりで、疲れてしまいます。
皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。
「本当はこうしたいのに」を飲み込んだ日
会議で意見を求められて、場の空気に合わせた答えを返す。
気が進まない誘いに頷く。
そのあとで、本当はこうしたいのに、という声が胸の奥に残る。
そんな日はないでしょうか。
私の人生、本当に私が選んでいるだろうか。
誰かに決められた人生を生きているのではないか。
多くの人が、この問いを静かに抱えています。
自己中心的であることと、自分の声を大切にすることは、似ているようで全く違います。
健全な自己主張は、その人の尊厳を守り、同時に世界とつながる架け橋にもなります。
主人公になるとは、責任を引き受けること
自分の人生の主人公になることは、他者を蹴落とすことでも、自分勝手に振る舞うことでもありません。
自分の人生に対する深い責任と誠実さを持つこと。
それが本質です。
軸は三つに整理できます。
一つ目は自己決定の力。
外部の期待ではなく自分の選択を信じ、他人の価値観に振り回されず、自分の内なる声に耳を澄ます勇気です。
二つ目は責任の引き受け。
結果を他人のせいにせず、自分の選択の結果を受け入れ、失敗さえも学びとして捉えていく姿勢です。
三つ目は自由と制限の理解。
完全な自由はどこにも存在しないからこそ、制約の中で創造的に選び、与えられた状況での最善の決断を重ねていくことに意味があります。
我慢をやめただけの自己主張が招いたこと
以前、ある女性が自己啓発本の「自分の意見をはっきり言おう」というメッセージを鵜呑みにして、職場でそれまで溜め込んでいた不満を一気に爆発させたことがありました。
チームミーティングで同僚の提案を激しく批判し、上司の指示にも公然と反抗する。
自分の意見を曲げないことに、誇りを持っていたそうです。
結果は残念なものでした。
チームの雰囲気は壊れ、同僚との関係は修復できないものになり、最終的に異動、そして退職へ。
「自己主張とは、単に我慢しないことではなく、相手の尊厳を保ちながら建設的に気持ちを伝える、愛のメッセージのやり取りなのだとスラトレ®で学びました」。
のちに彼女が語ってくれた言葉です。
安易な自己啓発フレーズを鵜呑みにする危険性を示す、痛烈な教訓でした。
周りが喜ぶ自己主張には、形があります
私がスタンフォード大学の国際的な研究環境で学んだことの一つは、自己主張には二つの側面があるということでした。
一つは個人の自己主張。
自分の声を失わず、内なる真実に誠実であり、自分の境界線を守ることです。
もう一つは周囲を巻き込む自己主張。
他者の可能性を広げ、建設的な対話を生み、チームの成長を促すことです。
真の自己主張とは、単に自分の意見を通すことではなく、周りの人々も一緒に輝かせていく力なのだと気づきました。
周囲が「この人の意見を聞きたい」と感じる自己主張のポイントは三つあります。
まず、共感的な伝え方。
相手の立場を理解し、攻撃的ではなく誠実に、相互の成長を目指す姿勢です。
次に、エネルギーを高める言葉選び。
否定ではなく可能性を示し、他者のモチベーションを引き出し、建設的な対話を生み出していきます。
そして、win-winの視点。
自分も相手も大切にし、競争ではなく協創の関係性を育て、お互いの成長を支え合うことです。
自己主張の技法を、私たちは子どもの頃から誰にも習わない文化の中で育ってきました。
うまく伝えられないのは当然のことです。
いまから整えていけば足ります。
整った先にあるのは、意見が通ることではありません。
冒頭の場面に戻ります。
意見を求められて、場の空気に合わせた答えを返した、あの会議です。
次に同じ場面が来たとき、置ける言葉が一つ増えます。
「私は、こちらのほうがいいと思っています。理由は◯◯です」。
反対されるかもしれません。
それでも、席を立つときに持ち帰るものが変わります。
帰り道で、言えなかった言葉を反芻しなくてよくなります。
一人ひとりの声は、この世界に必要なものです。
人生は、発する言葉と態度、そして選ぶ解釈によって、少しずつ形作られていきます。
それを何度か重ねた先で、次の会議が始まる前に、誰かがこちらを見ます。
「この件、どう思いますか」。
場の空気が読める人は、その場を動かす側にも回れます。
声をかけられるのは、たいていその人です。
変わったのは、力の出どころです。
空気を読む力は、前から持っていたものです。
それを場に合わせるために使うか、自分の言葉を通すために使うか——違いはそこだけです。
後者に回したときから、その力は、誰かのために減っていくものではなくなります。
使うほど、自分のほうが動きます。
同じ力のまま、消耗する側から、花開く側へ移るということです。
