動きたいのに、どうしても手が止まってしまいます。
皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。
「また今日もダメだった」で終わる日
「やらなきゃ」と思っているのに、できない。
やろうとしても、途中で止まってしまう。
結局1日が終わって、「また今日もダメだった」と落ち込む。
私自身、そんな日が何度もありました。
頭では分かっています。
やった方がいいことも、やるべきことも。
でも、どうしても身体がついてこない。
スマホを閉じて、手帳を開いて、そこで止まる。
それなのに、心のなかではずっと焦っている。
「ちゃんとやってる人は、ちゃんとやってるのに」「こんなこともできない私はダメだ」。
そう思えば思うほど、動けなくなっていきます。
それ、本当に「やる気の問題」でしょうか
ここで立ち止まってみます。
「動きたいのに、動けない」という言葉には、動きたい、が先に入っています。
意欲そのものは、あるのです。
それでも動けない。
だとすれば、やる気とは別の場所に理由を探す余地があります。
あるとき私は、こんな問いを考えました。
それ、本当に「やる気の問題」か。
ハッとしました。
もしかしたら、やる気がないのではない。
心と身体の声を、聞き逃していただけだったのかもしれない。
焦っていたのは「行動できない自分」ではなく、「自分の声を置き去りにしたまま、手だけ動かそうとしている自分」だったのです。
やる気のせいにしていたあいだは、責める矛先が自分に向かい続けていました。
心と身体が何を知らせているか、という別の場所に目を移したとき、初めて見え方が変わりました。
行動しようとする前に、一度立ち止まる
見え方が変わってから、私は、行動しようとする前に一度立ち止まる、という選択をするようになりました。
することは大げさではありません。
自分に問いを投げかける。
心と身体の声を聴いてみる。
外からではなく、内側から始める。
それだけです。
そのとき初めて、自然と動ける日が来たのです。
「動けない私」は「ダメな私」ではなく、自分の声を聞き逃していただけだったのです。
誰の中にもある「自分の声を聴く力」を使う時間を持つことが、行動より先に置ける選択肢です。
気合を足すのではなく、問いを投げかけ、心と身体の声を聴く
スラトレ®は、この自分の声を聴く力を育てるトレーニングです。
責めて動かそうとせず、今何が手を止めているのかを、ノート術で見にいく。
私の場合は、動けない日を、やる気の問題としてではなく、心と身体が何かを知らせているサインとして受け取り直すところから始まりました。
サインとして受け取り直したとき、次にすることも変わりました。
気合を足すのではなく、ノートを開いて、心と身体の声を聴く。
少なくとも私には、その順番の入れ替えが転機になりました。
動けない朝に、気合が足りないと自分を責める。
その責め方を、今何が手を止めているのかを見にいくやり方に替えます。
責める工程を一つ抜いて、立ち上がるまでを短くする。
自分を追い立てるために使っていた力を、手帳に書いたやるべきことのほうへ回し、一つめに手を付けている朝を目指します。
