いろいろ試してきたのに、満たされないんです。
皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。
「本当に、いろんなことをやってきたんです」
スラトレ®の初回面談に来られる方が、ほぼ口を揃えておっしゃる言葉があります。
「本当に、いろんなことをやってきたんです……」。
お話を伺っていると、試してこられたものは本当に多岐にわたります。
ヒーリング、過去生リーディング、各種トレーニング、セラピー。
共通しているのは、どれも強く惹かれて取り組んできたものだ、ということです。
それなのに、「なぜか、満たされない」「頑張っているのに、変われない」。
ずっと、もっとを追い求めている。
何年も、何十万・何百万とかけて、それでも幸福を感じられない。
そういう声に、何度も出会ってきました。
何を足しても、届きにくい場所がある
何かが足りない、もっとやれば変われる。
そう思って次のものに手を出す。
けれど、結局また次を探してしまう。
このくり返しが起きているとしたら、本当の答えを見つける前に、次の刺激を求めてしまっているのかもしれません。
答えは外にある、という前提で動く。
「何かをやっていないと不安」。
もっとを追求しないと落ち着かない。
この状態では、何を足しても芯のところには届きにくい。
そう感じる方もいます。
スラトレ®では、複数のメソッドを同時に取り入れること(併用)を推奨していません。
ほかのメソッドを続けている方には、まずは今のものを継続していただくようお伝えしています。
すると、必ずと言っていいほど必死に止めに入られ、決まってこうおっしゃるのです。
「でも、良くならないんです」。
その言葉の奥にあるものを、一緒に見つめ直すところから始まります。
最後の決め手になっているもの
スラトレ®を選ばれた方に、最後は何で決めたのかを聞くと、驚くほど多くの方がこう答えます。
「体感です」「最後は動物の勘でした」。
もう、自分の感覚を信じるしかなかった、と話される方もいます。
次の新しいメソッドを探しているのではなく、自分の感覚を取り戻そうと決めた人たちです。
外側の正解ではなく、内側の手応えに立ち返ろうとする。
その静かな覚悟が、入口に立っています。
必死に探していた頃のこと
こんな本音を聞かせてくれた方がいました。
ありのままで生きよう、と唱えるリーダー的存在の人たちがいる。
けれど、そのリーダー自身がまだありのままになれていないからこそ、必死に唱えているように見えた。
本当に自然体でいる人は、ありのままを強調しない、と。
その方は、スラトレ®生の姿を見て、肩の力が抜けている、自然体でリラックスしている、誰かを強制しないし自分も強制されない、と感じたそうです。
涙ながらに、私もそうなりたかった、と話してくださいました。
私自身も、かつては必死でした。
「どうしたら本当に満たされるんだろう?」「どこに行けば、私は輝けるんだろう?」と、探し、もがいていた時期があります。
どれだけ知識を詰め込んでも、どれだけ環境を変えても、自分の内側が変わらない限り、手応えは戻ってきませんでした。
幸せは、未来にあるものではない。
今、この瞬間、自分の中にあるもの。
この視点に立ち戻ったとき、何かが静かに置き換わった感覚がありました。
どこへ行けば満たされるのか。
その問いの向きが、いまの自分の中身から一日を組むほうへ変わります。
環境を変える計画が要らなくなる分、今日の予定のほうが動く。
外に答えを取りにいく旅が、内側を読む作業に置き換わります。
