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病気ではない、けれど、のための場所

医療でもカウンセリングでもない場所を、医療を否定せずに創った理由の話です。

公開日:2025年2月24日 / トレーニングの風景

相談者

病気ではないけれど、心が疲れているとき、どこに相談すればいいですか?

皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。

さて、医療でもカウンセリングでもない場所を、医療を否定せずに創りました。

心が疲れたとき、頼る先にはそれぞれ役割があります

心が疲れたとき、頼れる場所として真っ先に挙がるのは、医療やカウンセリングかもしれません。
それぞれに役割があり、必要なときに、必要な方にしっかり届いています。
この前提は、これから書くことの土台です。

私は医師として現場に立つなかで、そのどちらにも当てはまらない層の方々が多数いらっしゃることに気づいていきました。
病気ではない。
けれど、このままでは自分が心地よく生きられない。
そういう状態の方々です。
医師・医学博士として、現場で多くの方々と向き合ってきました。
こうした層がいらっしゃることは、その経験のなかで少しずつ実感していったことです。

通い続けなくても、自分で扱える道具を

こうした方々に届けたかったのは、通い続けなくても自分で扱える道具を手にできる場所でした。
スラトレ®を、医療でも対症療法でもない第三の道と呼んでいるのは、この意味です。

病気の一歩手前で、自分の感情と思考を整える場がほしい方。
人生の質を高めたい方。
自分で自分を扱えるようになりたい方。
医師としての専門性を土台にしながらも、医療とは別の形で提供できる場として、スラトレ®をつくりました。

対症療法ではなく、根本に光を当てる設計です

対症療法は、その場の症状を和らげるための手立てで、大切な役割があります。
ただ、繰り返しそれを使い続けると、根本にあるものには触れずに進んでいくことになります。

スラトレ®で目指したのは、根本に光を当てる設計です。
感情の入口に気づき、思考との関係を見つめ、自分のなかで整える。
時間はかかるけれど、一度身についたら繰り返し使える道具を渡していく。
この設計が、他のサービスと分ける輪郭になっています。

目指しているのは、感情と思考のバランスが取れた状態です。
感情だけに流されず、思考だけで閉じこもらず、両方を自分のなかで扱いながら生きていく。
スラトレ®では、この生き方をスライバーと呼んでいます。
感情と思考のあいだにあるこの領域は、それ自体がとても豊かな領域だと感じています。

医療の重要性を知っているから、外側に創りました

医療の外側に場を創ったのは、医療を否定したかったからではありません。
むしろ、医療の重要性を深く理解しているからこそ、医療が引き受けなくていい領域を引き受ける場が要る、と感じたのです。
この豊かな領域に光を当てるために、あえて外側に場を置いた、という順番です。

せっかく生きるのなら、スライバーで生きてみないか。
この問いかけを、スラトレ®の入口に置いています。
そこには、自分の足で豊かに生きていく道がある、というメッセージを込めています。

病院に行くほどではない、と言われたあとの行き場ができます。
診断がつくまで待つしかなかった時間が短くなる。
守りに入っていた日々が、育てる日々になります。

※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。
Dr.EKO博士

この記事を書いた人

Dr.EKO博士