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結果ではなく、過程に光を当てる理由

自分を責める言葉が先に立ちやすい人にとって、過程を認める声かけが何を変えるのか、という話です。

公開日:2025年3月29日 / トレーニングの風景

相談者

また同じ失敗をして、自分を責めてしまいます。

皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。

「また同じことを繰り返してしまった」と責める声

自分と深く向き合う時間には、自分を責める方向へ進みやすい瞬間があります。
「なぜ自分はこうなんだろう」「また同じことを繰り返してしまった」。
こうした言葉は、気づかぬうちに本人を追い込んでいきます。

自己探求のトレーニングでは、受講される方が自分の深い部分に触れます。
深いところに触れるほど、責める声も出やすくなる。
だからこそ、この流れにどう向き合うかを、場の設計として考えておくことが大切になります。
スラトレ®のトレーニングに「褒める」が組み込まれているのは、この流れへの備えとしてです。

褒めることは、性格ではなくて設計です

褒め上手、と聞くと、生まれ持った才能の話に聞こえるかもしれません。
けれども、ここでの褒めは、そうした話ではありません。
どこに光を当てるか。
どのタイミングで声をかけるか。
どんな言葉で伝えるか。
この三つをその都度選び直しているという意味で、褒めは即興ではなく設計です。
受講される方が自分で自分を認められるようになるための、伴走の手法のひとつとして組み込まれています。

「そこに気づいたこと自体が素晴らしい」。
こうした声かけは、責める流れに楔を打ち込み、本人の内側に、責める声とは別の新しい声を育てていきます。

結果を褒めると、プレッシャーになります

褒める対象は、結果ではなく過程です。
対話ノートで深いところに降りていけたこと。
弱さを言葉にできたこと。
いまこの瞬間に立ち上がっている、その選択。

結果だけを褒めると、次も結果を出さなくては、というプレッシャーが生まれます。
過程を認めると、挑戦しているその姿を受けとめてもらえた、という感覚が残ります。
似ているようで、この二つは働きが違います。
結果は日によって出たり出なかったりしますが、向き合おうとしている過程は、どの回にもあるものです。
この微細な違いが、トレーニングの安心感を決めていきます。

最後は、自分で自分に出せる許可へ

花開くためには、「ここで咲いていい」という許可のような感覚が支えになります。
過程への褒めは、この感覚を育てるためのものですが、他者から与えられる許可のままでは終わりません。
目指しているのは、受講される方が自分で自分に出せるようになる許可です。

つまり、褒めることは、気持ちよくさせるためのサービスではなく、自己承認の土台を育てる土壌づくりです。
外からの褒め言葉が要らなくなる日を目指して、褒める。
矛盾しているように聞こえますが、これが伴走という仕事の形だと考えています。
自分で自分を認められるようになったとき、外からの声は静かに役目を終えていきます。

外からの声が要らなくなった方の一日は、こんな形をしています。
会議で意見が通らなかった日でも、言えたこと自体は本人が数えている。
上司の反応を確かめに行かずに済むぶん、次に何を出すかを考える時間が手元に残ります。
認めてもらうために張っていた気力が、そのまま、自分が出したいものを作るほうへそそがれる。
褒めという設計が目指しているのは、この形です。

※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。
Dr.EKO博士

この記事を書いた人

Dr.EKO博士