本音を話したら、どう思われるか気になって話せません。
皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。
言葉に、加工が入るとき
「これを言ったらどう思われるだろうか」。
この緊張があるあいだ、人の言葉にはどうしても加工が入ります。
少し軽めに言い換える。
無難な表現に整える。
本題の手前で止めておく。
たしかに話してはいるのに、ありのままではない。
誰にでも覚えのある状態だと思います。
守られた場所でしか、人はありのままの自分を出せません。
これは性格や度胸の問題ではなく、場の条件の問題です。
安心のない場所で言葉が硬くなるのは、むしろ自然な反応だといえます。
思ったことの半分も言えなかった、という経験は、話し手の勇気の問題として片付けられがちですが、先に見るべきは場のほうです。
深い話には、安全な場所が要ります
自己探求のトレーニングでは、受講される方が自分の深い部分を言葉にしていきます。
まだ誰にも話したことのない想い。
ずっと見ないふりをしてきた感情。
言葉にするのがためらわれる過去。
こうしたものに触れる時間です。
その場所が安全でなければ、深いところへは降りていけません。
だからこそ、スラトレ®の運営では、プライバシーの保護を最優先に位置づけています。
場の安全は、トレーニングに付いてくるおまけではなく、トレーニングそのものを成り立たせている土台です。
安心の質が、トレーニングの深さに直結します
スラトレ®は、基本的に少人数でプライベートに行われます。
他の受講生と話した内容を共有することは、前提にされていません。
イベントの案内も、オープンに公開する広告ではなく、メール登録をされた方にだけお届けする形を取っています。
「大切な内容を、大切に扱う」。
この原則を繰り返しお伝えしているのは、受講される方の安心の質が、そのままトレーニングの深さに直結するからです。
安心が浅ければ、言葉も浅いところで止まります。
安心が深ければ、言葉は深いところまで届きます。
「素のままで本題まで話せた」という体感
プライバシーが守られるという設計は、この場ではありのままでいていい、というメッセージにもなっています。
取り繕った自分ではなく、素のままの自分でいても大丈夫だという体感を、一度でも持つこと。
言葉で説明されて分かることと、実際にその場で味わうことは、別のものです。
守られた時間は、その最初の体感の場でもあります。
ここで味わった安心は、トレーニングを卒業したあとも、その方のなかに残り続けていきます。
場の安全を最優先に置くのは、規則だからではなく、ありのままで花開く力を守りたいからです。
守られた場で一度でも素のまま話せた方は、外でも試すようになります。
職場の休憩室で、前なら飲み込んでいた一言を出してみる。
返ってくる反応は場によって違いますが、出すかどうかを決めているのは、もう自分のほうです。
